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2009年10月

イブカ理論の付け足し

幼少の頃のパターン認識。本書ではこう言い表しています。自らこれらを実践してみて驚くべきものがあります。まさしく幼児期限定の特殊能力ですね。まさに乾いたスポンジに水をしみこませていくような吸収力。記憶力。

本当にこれはまぎれもない事実です。しかしもう一つ隠された事実がありますね。本書ではこのことにはいっさいふれていませんので私自ら提起したいともいます。それは何かというと 「忘れやすい」ということです。大人の能力にはない記憶力を持ちながら大人にも劣る忘れやすさという二面性があります。たしかにフラッシュ記憶みたいなことをすればことわざの200個や300個、百人一首などどんどんおぼえますが1.2年のブランクをあけて試すとものも見事に忘れています。やはり記憶の定着というのは反復練習が必要なのかということでしょう。それだけではなく家族でいろんな行楽地に遊びにいったことも一切忘れていることがよくあります。

このことは斉藤孝の本でもそのような事例を見つけました。
自分の子供に幼少の頃、「怪人二十面相」(本のタイトルは定かではありません)を何回も読み聞かせしたそうです。すごい熱心に聞き入ってたそうです。あるとき小学生になったこどもは図書館から「怪人二十面相」を借りてきたそうです。どうしてそれを借りてきたのかと聞くと「一度読んでみたかった」と。齋藤先生は非常に嘆いたと言うことです。

右脳教育やフラッシュなどのイメージ記憶だけではなくもっと掘り下げた記憶のメカニズムを解明できれば日頃のお勉強が楽になるでしょうね。

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これは幼児教育のバイブルです2

この際つづけざまに前回の「幼稚園では遅すぎる」の続編です。「0歳からの母親作戦」です。ついでに井深氏が死去後、教育論のまとめを多湖輝氏が解説を交えて発行したのが「井深大の教育論」です。
「幼稚園では遅すぎる」→「0歳からの母親作戦」→「井深大の教育論」の順番に3冊を読んでいけばイブカ理論は完全に自分のものになります。
教育論の関係の本はとんでもなくいろいろありますし様々な主義主張があります。しかし物事は何かを軸足にして見つめ直さないといつも浮き足だって客観視しかできなく主体性が失われていってしまいます。例えば通常研究者が何か新しいことを研究、開発するにはまず仮説を立てます。そしてその仮説を実証、証明していく作業を行うのが通例です。このことからも何か物事を考えるにはまず軸となる考えがあって賛否をつけていかなければなりません。

よって教育論はイブカ理論を軸足に考えていくことを推奨します。

「もう専門家には任せられない」と今の教育崩壊を大変憂慮した井深氏の決意がみられます。解説にもあるように井深氏の日本人に対する遺書としてこれらの本はこころに刻みつけておく必要があります。


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これは幼児教育のバイブルです

「幼稚園では遅すぎる」 井深大(ソニー創業者)の紹介をしたいとおもいます。

これもずいぶん前に発行された本ですけど まさに幼児教育のバイブルですね。
サブタイトルが「人生は3歳までにつくられる」とあるようにいっけん よくある早期教育、いわゆる英才教育、お受験推奨みたいなイメージに受け取られがちですが全然違います。しかし第一印象からまたは読解力のない多くの読者から前述のような受け取られる方が多く議論を呼んだそうです。これはあとがきにも書いてあります。

これを読んだ後に、大学至上主義、学歴万能主義の観点から大学に入らなければならないから勉強するとか、一流会社に入るためには一流大学にはいらなければならないとか、そのためにもっと幼少のころから受験等を強いるとか単純にはしらないでください。ちゃんと最後までじっくり読むとそのようなことは決して肯定してません。
一部本文を抜粋 要約しますと

「目先の利益や狭い視野にとらわれて子供を教育したとき おそらく次の時代が要求する人間には育たないでしょう。 未来のビジョンを持たない母親に子供を教育する資格はないと私は考えています」
「毎日毎日の育児こそ本当の幼児教育です」

かなり手厳しい表現です。しかし厳しい現実社会を生き抜いてきた人こそ非常に重みのある言葉です。著者が学者や専門家でないがゆえに非常にわかりやすく極めて現実的です。学者のいうことは理論めいてばかりいて現実的でないことがよくあります。教育論だけは理想論を論じたってだめなんです。目の前にあるのは現実であり、現実の中を生きていかないといけないのだから。
あとがきにもあるように本書を著す気持ちになったきっかけはもとは「人間の能力や性格には遺伝的な要素が強いという説に疑問をかんじたことでした」とあります。

これはまさにそのとおりで私も以前からそう思ってます。最近の親はなんでもかんでも遺伝のせいにするのではないでしょうか。それは単に自分を否定されないがための防衛策だと思います。他人の家庭の子供の成績がいいのは親が頭いいからとか血統だとか、自分の子供の成績が悪いのは自分(親)が頭悪いからしょうがないとか。
頭のいい親の子が成績がいいのは幼少の頃から有益な働きかけや教育をしているからではないでしょうか。頭の悪い親の子供の成績がわるいのは幼少の頃からそういう働きかけをしてこなかったからではないでしょうか。

小中学校の時、「日頃勉強しないのに成績がいい人」「部活してないのにスポーツ万能な人」こういう人たちは頭がいいんだなとか素質があるんだなあと思ってました。今は違います。家で勉強しないでもいい成績がとれる人はしっかり授業中に集中している、つまり努力しているからです。思春期のころは授業中、空想や白昼夢に陥ってる人が多いいですから。(≧m≦)スポーツ万能な人は幼少から人一倍運動をしてきたからです。逆に成績の悪い人は頭が悪いのではなく努力をしてこなかったからです。今の授業中の内容がわからない、理解できないのは過去の授業の内容を忘れたか理解してなかったからです。勉強は系統的なので基礎を怠ればどんどんわからないことが雪だるま式に増えていきます。どこかで食い止めないと。

ちょっと能力の優れた人をみてエリートだの血統だの遺伝だのいうのは自分が努力をしてこなかったことを隠すための防衛本能です。心理学専門用語で自我の防衛ってやつです。本能見たいなものでしょうがないといえばしょうがないですが。

ここで ここぞという名言を紹介します。
天才は一%のインスピレーションと九十九%の発汗であるーーーエジソン
エジソンもそうですしイチローもそうですが自分を天才呼ばわりするのを嫌がってます。人の能力なんかみんな変わらないと、自分らは人一倍努力をしているんだを言ってます。

さてその努力をするには確固としたモチベーションが必要です。ひとそれぞれいろんな動機があるとおもいますし、何でもいいかとおもいます。お金持ちになりたいから努力する。こんなのでもいいんではないでしょうか。何も努力をしないひとよりは。ましてや努力をせずにお金持ちになりたいよりは100倍いいですね。


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クラウド2

インターネットの経緯を思い直してみると、クライアントの発達、PCハードとともにWindows95が出てきたあたりからネットの端末として使われ出したころから一般の人が容易にインターネットを使用するようになりました。しかしこの端末というよりOSはとても不安定でした。MSーDOSからの使用者からなら断然に違いがよく分かってたと思います。
フリーズなんて当たりまえ、しょっちゅう飛んでました。まあこれは8ビットから16ビットと進化を遂げて32ビットとの混在によるものが大きかったでのでしょう。平行して企業用OSとしてNT(こちらは完全32ビット)の開発、販売も行われていずれ統合する予定でした。Windows98、MEと進化しWindows2000(これは本当はNT系の後継)あたりから調子がよくなってきました。調子がよくなってきたというはOSが安定してきたということです。このころやっとPlug and Play、電源管理(ACPI)ができるようになりました。

今考えるとMS-DOSが極めて安定して飛ぶことは滅多になかったのにWindows2000が出るまでおもちゃみたいなもんでしたね。極めて重要な管理など任せられない状態でした。GUIやマルチタスクを追求するあまりフリーズの代償は大きかったですね。しかしこの時点からDoSに戻るわけにも行かず、かといってUNIXあるいはLINUXに変更するには障壁が高く、デバイスドライバも少ない。もうマイクロソフト様にいやビルゲイツ様に神頼みするしかないわけです。

そこでついに念願であるコンシューマ向けとビジネス系の統合、完全32ビットOS XPが登場したと言うことです。
極めて安定するようになりましたしアプリ間の競合も干渉しあうこともなくなりました。いまではそれが常識のように使ってもますけどつい最近まで常識ではなかったのです。

さて半導体の発達にともないクライアントの進化、OSの進化と同時にインターネットの出現、要するにネットワーク関連のプロトコルの進化をともなってきました。この時、だれもが歴史が変わる!と思ってたんではないでしょうか。全人類がインターネットを使いこなし利便性を確認しそして生活様式がかわる!と思ってた頂点がいわゆるネットバブルの頂点2000年ですね。だれもがそういう風に思っていたから投資が無制限に行われたということです。バブルの頂点とはネット関連の株価で表せられます。代表的なYahooの株価が一億円を突破しました。3年前の上場時が200万ですからすごい倍率ですよね。念のためいっときますけどこの時点ですでに株式分割何回かしてるので200万→1億円ではなく200万→4億円ぐらいになってたと思います。私も一株ぐらい買っときゃ今ごろこんなあくせく働かなくてもすんだになあ(≧ヘ≦) かなり余談がはずれてきましたが・・・

いわゆるIT革命と言われた時期もネットバブルの頂点の時期です。革命革命とメディアが騒ぎ立てるだけでなく個人もネットというツールを使用して実感として信じて疑わなかった時期です。いや実際IT革命は起きたのです。情報処理の分野だけでもメール等により地球の裏側や隅々まで瞬時に情報が行き渡るようになりました。しかもほとんど無料で膨大な情報量がほとんど同時に共有できる。しかもそれが全ての個々の人々が同時につながるということは90年にはだれもがそんなことは予測してなかったと思います。その頃のあるITベンチャーのシステムエンジニアさんが「明日の予測ができない」と言っていたのを鮮明に思い出します。第一線にいる人たちが明日の予測ができないほど技術革新が早く、情勢が日々移り変わっていたことを示します。

くどいですけどIT革命です。産業革命以上に革命です。革命とは急激に事が変わることをいいます。歴史年表をひもといてみると例えば縄文時代、縄文時代は約一万年つづきましたがほとんど生活様式は変わってません。せいぜい土器の種類が変わっただけ?やっと農耕社会の弥生時代を迎えますが600年つづきます。その間情報の伝達速度は何の進歩もありません。その後何とか時代とかいろんな時代を経てきて江戸時代まではせいぜい伝書鳩や飛脚ぐらいなもんなんでしょう。その後電気通信の時代に入っても、せいぜい特定の人だけの間でのやりとりで情報量はごくわずか(電話 通信など)、TV、ラジオなどの放送通信なんかは受信者は不特定多数ですけどもかなり限定されますし情報量もほんのわずか、しかも一方通行だし。
そこでインターネットは双方向通信で情報量はほぼ制限無く、しかもただ同然で(実際は端末やインフラ整備がいりますが)、距離に関係なく、ほぼ同時に、しかも地球上にいる人々不特定多数に発信できる。一人の個人が何十億の人々に発信できる。

どうですか 言葉つたない素人の私の説明だけでもIT革命だということがわかっていただけたでしょうか?しかもITバブルははじけたけれどもまだこの革命は進行中です。そう考えると人類の歴史上で革命のまっただなかに生きてる私たちはしあわせですね。100年後の歴史教科書には絶対、暗記項目になってますよ。2000年IT革命って。645年大化の改新、1192つくろう鎌倉時代・・・てなかんじで。

さてインターネットの出現によって使い方は変わってきました。当初の使い方でほとんどの人はこれで満足でしたが予想もしてなかったツールがでてきて進化していきます。
これがいわゆるWeb2.0と言われだしたころです。それ以前が第1世代で2.0が第2世代みたいなもんです。

独り言は今日もここまで。なかなかクラウドにはたどり着きません。タイトル別に変えりゃよかった・・・

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泣く泣く。涙がとまらない

ひさびさおすすめのビデオです。まあホントは最近ものの映画をご紹介するのがいいんですけど多忙で見る暇がないのでとりあえず過去もので大変、感銘を受けた!これは名作だ!これは死ぬまで絶対みなきゃだめ!っていうものをご紹介したいです。まあ映画というものは芸術性が高いので評価が多様だったり表現が過激だったりするので一様にすすめるものを選択するはむつかしいとおもますが、情操教育の観点から子供らにおすすめできる作品に絞りたいと思います。

今回はこれ
オールウェイズ 三丁目の夕日とその続編。まんが 三丁目の夕日の映画化ですがイメージがかなり変わります。

吉岡秀隆という俳優はなんでこんなおいしい役がもらえるんだろうといつも思います。吉岡が名優だからこんな名作ができるのか名作だから吉岡のところに転がり込んでくるのか。この人は子役の頃から泣かせっぱなしじゃないですか。どのくらいの国民を泣かせれば気が済むんでしょうね。

昭和のこの頃の人たちはいきいきしてますね。目的がしっかりあって何かに向かってしっかり生きている様は心動かされます。同時に現在の日本人は目的がなくふらふらとさまよいながら生きている感じを受けます。
いまではとっくに失われた他人同士のふれあい、絆は古き良き時代と蔑むだけでいいのか。本当に大事なものが失われているんではないか。
この作品には一つのテーマがあり、”他人をここまで愛せるのか”につきると思います。
特にゲームにいそしんでる小学生や携帯メールにいそしんでる中高生らに見てほしいですね。涙のひとつもこぼさないようでは日本は本当に沈んでしまうでしょう。


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クラウドの潮流1

IT革命と言われてもう10年がたちますね。でもインターネットが一般の人に使われ出したのが95年ぐらいからですから人類のインターネット歴15年といっていいでしょうね。この間の技術の進歩はすさまじいものがあります。インターネット技術の進化にともないパソコンの使い方も変化してきました。そもそも昔はパソコンはスタンドアローンが基本でした。今時の人が聞いたら「何それ!」だの「信じられない!」とか聞こえてきそうですがすこし昔話をしましょうか。
昔のパソコン と題して

1 マウスはありません。

当然です。昔のOSはMSーDOS時代。操作は全てCUI(コマンドラインユーザーインターフェース)なので必要ありません。関数コマンドの一つや二つおぼえないと稼働できない代物でした。よくMSベーシック(プログラム言語の一つ)をおぼえていたなあ。いまでこそGUI(グラフィックユーザーインターフェース)が当然のように使われてますがねえ。だから昔のCUIが一つの壁になっておいそれと素人が使える代物ではなかったですね。
当時マッキントッシュがいち早くGUIを取り入れあこがれの的でした。超高価で買えませんでした。

2 フロッピーってしってます?

ちょっと年のいってるひとなら知ってると思いますが。ちょっと前までのパソコンには形骸的にドライブがついてましたからね。しかし最近はついてません。量販店にも売ってません。ではしってると言う人の中で5インチフロッピーを知ってますか?普通フロッピーディスクといえば3.5インチのものを思い出すんではないでしょうか?もっと昔は5インチ(正確には5.25ですが)が主流でした。あのぺらぺらのやつです。3.5インチが出たときは衝撃的でした。しかも容量も2HDタイプで1.44MBと多くなったのです。いまでは1.44MBでは高解像度のデジカメで撮った写真一枚も入りません(◎´∀`)ノ
それから外部記憶媒体としてZIPだのMOだの進化するたびに驚きの連続でした。

3ハードディスクは無かった。

信じられないでしょう。HDDが無いのに何でパソコンが動くんや!って罵声を浴びさせられそうですが動いてたんです。べつにそれが当時は当然のことです。まずパソコンの電源をいれたあとbiosが起動しそのあとOSであるMS-DOSフロッピーを読み込ませその次にアプリのフロッピーを読み込ませるといった具合です。もちろん作業中はかたかたフロッピーを読み込ませながらまたは複数枚をぬきさしぬきさしして使用してました。ほんのわずかなRAMメモリーで動いてたんでしょうね。

4主流のソフトは一太郎とLotus 1-2-3

このふたつのソフトで独占してました。いまでこそワードエクセルですが、その当時ジャストシステムの一太郎が圧倒的なパフォーマンスとともにシェアを独占。Windows時代にはいってもしばらくはワードなんか足下にもおよびませんでした。表計算部門ではLotus 1-2-3(ロータス ワンツースリーといいます) そしてこれも純国産データベースシステム 桐 がデータベース部門のトップです。私はこのころから桐ユーザーです。まあ当時、アプリなんか数が知れてましたがこの三つのソフトが看板ソフトでしたね。まだグラフィック関連が処理できるようなCPUでなかったからですね。テキストが中心でした。

5マルチタスクではなかった

うそ~。ほんま? ほんとです。今はあまりにも常識の常識なのでこの言葉自体知らない人が多いんではないでしょうか。パソコンで音楽を聴きながら編集するとかネットで調べごとをして書類を作成するとか、アプリケーションソフトを複数同時に立ち上げて使い分けしたりデータを相互に共有したり・・・・・
人間って言うものは一度便利なものが身に染みつくと二度と戻れなくなる習性がありまたそれが無かった頃の時代を軽蔑しますね。これはCPUの能力向上にともないOSが進化したものであり昔はシングルタスク。一つのソフトを立ち上げたら他は何もできません。コピー&ペーストみたいなソフト間のデータ共有もできません。これでも不便は無かったから不思議です。

6プリンターの接続がめっちゃたいへんでした。

いまはプラグ&プレイという機能があってしかもだいたいあらゆるデバイスドライバがパソコン本体に入ってて接続するだけで問題なく起動しますよね。アプリのソフトにドライバを組み込んでコンフィグをみずから書き換えてやっと動くんです。ソースコードを書き換えるんです。ちょっとした知識がないと一日や二日ではつながりません。

まあ今簡単に思い出しただけでもこんなにあります。昔懐かしい言葉ばっかりです。
こうしてみると今ある便利な機能は一つ一つ数多くの有能なシステムエンジニアさんたちが築きあげてきたものなんだなと感心します。ある分野の一つをこうやって時代を追って振り返ってみると改めてとどまるところを知らない技術進歩に驚愕します。
さて95年ごろからインターネットが一般に普及されはじめ、とはいうものの当時はまだ回線が超細く、途中で止まったりダウンロードできないのが普通でした。むろんネット上のコンテンツもそう多くは無かったので特別に便利なものとは感じませんでした。インターネットの前はパソコン通信なるものがはやってました。電話回線でダイアルアップ接続して電子メールやチャットなどを行ってました。チャットはかなりおもしろかったです。いまみたいなグループとかカテゴリは分かれて無くただ知らない人と目的もない話をしていましたがかなり興奮して楽しんでました。ハム無線みたいな楽しみ方ですかね。どこか遠くのしらないひとに電波を流しキャッチした人とお互いの身の上話をして楽しむ。
それからインターネットの発達によってパソコン通信は廃れていってしましました。

はなしはクラウドの話ですよね。前置きが長くなっていつものとおり眠くなってきたので続きはまたいずれ。

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永平寺 宮崎奕保えきほ禅師 「座禅をすれば善き人となる」

最初に出会ったのはNHKスペシャルのTV番組です。のちにDVDが発売され、のちに単行本が発刊されました。
仏の道を垣間見るだけでなく、私たち俗世間との分厚い壁がくずれおちた感じです。あたたかい仏様がいつも見守ってくださる、そういう身近な仏様を感じ取ることができます。同時に人生において信念を貫く、努力する、我慢する、欲に埋もれないなど俗世間では忘れかけている大事なことを確認することができます。また人生をどのように生きるべきなのか考えさせられます。
宮崎奕保禅師のことばひとつひとつが非常に重みのある感慨深い言葉で語りかけてくるので心動かされるでしょう。そのなかのひとつをご紹介します。

学ぶということはまねをするというところからでておる。一日のまねをしたら一日のまねや。
それですんでしまったら二日まねしてそれであとまねせなんだらそれは二日のまね。ところが一生まねしとおったらまねがほんまもんや。

最初はやはりDVDの映像をみたほうがいいですね。臨場感あふれる迫力は本だけでは伝わらないものがあります。修学旅行等で永平寺に行ったことがある人が多いんではないでしょうか?あの雄大な自然の中にたたずむ永平寺が思い起こされます。

座禅というものを生活に取り入れることによって深みのある生活が送れるような気がしますね。


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この国のけじめ

藤原正彦です。1943年生まれです。66歳か~。失礼ですけど年の割には老けて見えます。そして主張が武士道など古くさいことをいうのでよけい年寄りに見えてしまいます。風貌もまた白髪のフヨフヨの髪の毛なのでどうみてもおじいちゃんしか見えません。しかししゃべるとなると機関銃のような次から次と言葉が散弾されます。しかもどれも断定的にずばずば言い切るのでとても説得力があります。
この一見古くさい主張を本当に見過ごしていいのでしょうか?
日本人のアイデンティティーを一気に捨ててしまい、グローバリズムの波の中に埋もれてしまっていいのでしょうか?
もういいかげんに祖国を愛する、祖国を守るということが単純に軍国主義だの封建主義だのと同一視するのはよしましょう。ってことでしょうね。話のいつも痛快でわかりやすいし感動的です。日頃疑問に思っていたことがあり誰も教えてくれなかったことを一気に答えてくれた感じです。


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