教育

漢検受けてきました。

先日漢検受けてきました。生まれて初めて受けました。子供と。しかも10級です。(◎´∀`)ノ
漢検の存在自体は昔から知っていましたが、昔はこんなもの受けてどうするの。とか何に役に立つのとか思ってて全然眼中になかったのですが、最近だんだん興味を示すようになりました。まあ最近TV等で露出が多いのですがそれはそれとして受け止めていればいいと思います。最近字を書くということが極めて少なくなりました。全てパソコンで処理するのでとても軽快なんですね。そう、文章を作るのに全然頭を使ってないのです。勝手に手が動いてくれて漢字変換も自動で行ってくれてそれで筆記よりきれいな字が書けてスピードが断然速い。利便性において劣るものは一切ありません。
しかしこういう生活をしていると字が書けなくなります。本当に。とくに簡単な漢字も書けなくなるのです。私がそうですから。日常生活ではそうそう困りませんがいざとなると手が止まってしまい非常に困るときがあります。字は読めるけど書けない。これではいけないいけないと思いつつ何年も生活をしてきてやっとアクションを起こすことに決めました。だいたい書く練習なんてこの忙しい日常生活に中に組み込むこと自体が困難でした。それでこの漢検を受けることできっかけにしたいと思いました。4級か5級ぐらいからはじめてもいいかと思いましたが100点とる自信がなかったのでどうせならと10級から始めよう!と。100点とれなかったら相当ショックを受けそうだったので10級から受けて自信をつけてからにしよう。

で、漢検受けてきました。感想は 楽しかった!  です。
この久々味わう緊張感。わくわく感に圧倒され、自分の周りは腰の高さしかない子供らに混じって受けてる自分の恥ずかしさなど片隅もありません。自分はかなり緊張してましたがまわりの子供らはぜんぜんそういう感じはなく余裕しゃくしゃくでした。そうとう勉強してきたんでしょう。負けてたまるか!とライバル意識を向きだしになってる自分に大人げないと自分によ~く言い聞かせました。(*´v゚*)ゞ
はじまってみるとだいたいはすらすらと行きましたがやっぱり書き順のところで一カ所非常に考えてしまいました。右と左の書き順が違うことだけ確認しとけば大丈夫と容易に考えてましたがあまりにも浅はかでしたね。余裕で100点を取るつもりが一抹の不安を抱えながら終わりましたが時間は40分。見直しも含めて15分ほどで終わったので残り時間まで相当退屈でした。

まわりの子供もみてみると20分程でもう終わったようでときどき後ろのほうを振り向いて(待機してるママに向かって)余裕の笑顔を降り注いでいました。ときどき後ろの方から「見直しをしなさい」というような小さい声がしてきては何度も何度も見直しをしてました。
がその時、答案を裏返すときにとなりの子の答えが見えてしました。

あっ!間違ってる!  せん手(選手)の読みが ”しゅう”になってる。

この子は何度も何度も見直しをしてたのにもかかわらずその間違いに気づかずにいました。裏腹に100点自信まんまんの態度に思わず笑みがこぼれてしまいました。大変失礼ですが。ちょっと教えてあげたい衝動もかられましたがここは厳正や試験会場。がまんがまん。何度も見直しても自分の間違いに気づかないということはよくあるケースです。思い込んでしまうんですね。

この子は後日、間違いに気づくことでしょう。それでこの間違いを深く反省してよく考え直すか、なんだちょっと間違っただけか100点中1点か、たいしたことないやって感じで軽くながしてしまうかでこの子の人生は大きく変わっていくでしょう。がんばれ、社会は厳しいぞ!

しかし笑ってはいられない。自分の答案をもう一度見直したことは言うまでもありません。

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こどもを本好きにするには3

環境を整えてやるということまで述べたと思いますが続きです。あまりにも直接的に強いるのはよくないと言いましたが間接的に強いるということをしなければなかなか現在の日常生活において組み込んでいくのが困難かと思います。
まずは
①毎日決まった時間で読書をさせる。それも必ず朗読して親が聴いてやる。最初は10分からでもいいし慣れてきたら少しずつ増やしていってもいいともいます。
②本屋によく連れて行ってやる。
③本をいっぱい買ってきてやる。(古本屋さんにいくと激安でいっぱい買えます(^^;))
④プレゼントの代わりに図書カードをあげる。
⑤マンガ本も選別したものを息抜きに読ませてあげる。マンガ本は全ていいとは思いませんが、ゲームをして過ごすなら比較論で圧倒的にまだましです。能動的に活字を読まなければならないので活字に慣れ親しむことができます。
⑥読み書かせもしてやる
⑦これが一番大事なこととおもいますが
 本を読んだ後で読書感を聞いたり、本の内容を問うてみたり、ちゃんとした読書感想文を書かせたりしないほうがいいです。これはさくまゆみこさんの著書に書いてありました。そうさせると精神的負担を強いられ読書が勉強になってしまい好きになれないといいます。これをやると文頭に申しましたように直接的な強制になりすぎます。
あくまで間接的に半強制(強制させてるのを気づかれないように)させる環境作りがベストです。

先日のブログで紹介した複数の書籍のうち、さくまゆみこや多湖輝の本が読書を趣味としての関わり方を力説しているのに対し、水島 醉や和田秀樹の本は受験が前提のようなとらえ方をしてます。幼児や小学生なら間違いなく前者の関わり方の方がいいです。

ただ国語を将来の受験があまりにも頭にあると、先に述べたように読書感をきいたり感想文を書かせたり、国語の問題集を解かせたりするようになります。それがかえって遠回りをさせることでしょう。
特に国語の問題集(長文切り抜き問題)をいくらやっても読解力はつかない。無駄であると水島 醉氏が主張していることには全く持って真実でしょう。このことを肝に銘じて 力を入れすぎれば遠ざかり、気を抜けば近づいてくるといった国語というとらえどころのない学問に取り組んでいきたいです。

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イブカ理論の付け足し

幼少の頃のパターン認識。本書ではこう言い表しています。自らこれらを実践してみて驚くべきものがあります。まさしく幼児期限定の特殊能力ですね。まさに乾いたスポンジに水をしみこませていくような吸収力。記憶力。

本当にこれはまぎれもない事実です。しかしもう一つ隠された事実がありますね。本書ではこのことにはいっさいふれていませんので私自ら提起したいともいます。それは何かというと 「忘れやすい」ということです。大人の能力にはない記憶力を持ちながら大人にも劣る忘れやすさという二面性があります。たしかにフラッシュ記憶みたいなことをすればことわざの200個や300個、百人一首などどんどんおぼえますが1.2年のブランクをあけて試すとものも見事に忘れています。やはり記憶の定着というのは反復練習が必要なのかということでしょう。それだけではなく家族でいろんな行楽地に遊びにいったことも一切忘れていることがよくあります。

このことは斉藤孝の本でもそのような事例を見つけました。
自分の子供に幼少の頃、「怪人二十面相」(本のタイトルは定かではありません)を何回も読み聞かせしたそうです。すごい熱心に聞き入ってたそうです。あるとき小学生になったこどもは図書館から「怪人二十面相」を借りてきたそうです。どうしてそれを借りてきたのかと聞くと「一度読んでみたかった」と。齋藤先生は非常に嘆いたと言うことです。

右脳教育やフラッシュなどのイメージ記憶だけではなくもっと掘り下げた記憶のメカニズムを解明できれば日頃のお勉強が楽になるでしょうね。

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これは幼児教育のバイブルです2

この際つづけざまに前回の「幼稚園では遅すぎる」の続編です。「0歳からの母親作戦」です。ついでに井深氏が死去後、教育論のまとめを多湖輝氏が解説を交えて発行したのが「井深大の教育論」です。
「幼稚園では遅すぎる」→「0歳からの母親作戦」→「井深大の教育論」の順番に3冊を読んでいけばイブカ理論は完全に自分のものになります。
教育論の関係の本はとんでもなくいろいろありますし様々な主義主張があります。しかし物事は何かを軸足にして見つめ直さないといつも浮き足だって客観視しかできなく主体性が失われていってしまいます。例えば通常研究者が何か新しいことを研究、開発するにはまず仮説を立てます。そしてその仮説を実証、証明していく作業を行うのが通例です。このことからも何か物事を考えるにはまず軸となる考えがあって賛否をつけていかなければなりません。

よって教育論はイブカ理論を軸足に考えていくことを推奨します。

「もう専門家には任せられない」と今の教育崩壊を大変憂慮した井深氏の決意がみられます。解説にもあるように井深氏の日本人に対する遺書としてこれらの本はこころに刻みつけておく必要があります。


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これは幼児教育のバイブルです

「幼稚園では遅すぎる」 井深大(ソニー創業者)の紹介をしたいとおもいます。

これもずいぶん前に発行された本ですけど まさに幼児教育のバイブルですね。
サブタイトルが「人生は3歳までにつくられる」とあるようにいっけん よくある早期教育、いわゆる英才教育、お受験推奨みたいなイメージに受け取られがちですが全然違います。しかし第一印象からまたは読解力のない多くの読者から前述のような受け取られる方が多く議論を呼んだそうです。これはあとがきにも書いてあります。

これを読んだ後に、大学至上主義、学歴万能主義の観点から大学に入らなければならないから勉強するとか、一流会社に入るためには一流大学にはいらなければならないとか、そのためにもっと幼少のころから受験等を強いるとか単純にはしらないでください。ちゃんと最後までじっくり読むとそのようなことは決して肯定してません。
一部本文を抜粋 要約しますと

「目先の利益や狭い視野にとらわれて子供を教育したとき おそらく次の時代が要求する人間には育たないでしょう。 未来のビジョンを持たない母親に子供を教育する資格はないと私は考えています」
「毎日毎日の育児こそ本当の幼児教育です」

かなり手厳しい表現です。しかし厳しい現実社会を生き抜いてきた人こそ非常に重みのある言葉です。著者が学者や専門家でないがゆえに非常にわかりやすく極めて現実的です。学者のいうことは理論めいてばかりいて現実的でないことがよくあります。教育論だけは理想論を論じたってだめなんです。目の前にあるのは現実であり、現実の中を生きていかないといけないのだから。
あとがきにもあるように本書を著す気持ちになったきっかけはもとは「人間の能力や性格には遺伝的な要素が強いという説に疑問をかんじたことでした」とあります。

これはまさにそのとおりで私も以前からそう思ってます。最近の親はなんでもかんでも遺伝のせいにするのではないでしょうか。それは単に自分を否定されないがための防衛策だと思います。他人の家庭の子供の成績がいいのは親が頭いいからとか血統だとか、自分の子供の成績が悪いのは自分(親)が頭悪いからしょうがないとか。
頭のいい親の子が成績がいいのは幼少の頃から有益な働きかけや教育をしているからではないでしょうか。頭の悪い親の子供の成績がわるいのは幼少の頃からそういう働きかけをしてこなかったからではないでしょうか。

小中学校の時、「日頃勉強しないのに成績がいい人」「部活してないのにスポーツ万能な人」こういう人たちは頭がいいんだなとか素質があるんだなあと思ってました。今は違います。家で勉強しないでもいい成績がとれる人はしっかり授業中に集中している、つまり努力しているからです。思春期のころは授業中、空想や白昼夢に陥ってる人が多いいですから。(≧m≦)スポーツ万能な人は幼少から人一倍運動をしてきたからです。逆に成績の悪い人は頭が悪いのではなく努力をしてこなかったからです。今の授業中の内容がわからない、理解できないのは過去の授業の内容を忘れたか理解してなかったからです。勉強は系統的なので基礎を怠ればどんどんわからないことが雪だるま式に増えていきます。どこかで食い止めないと。

ちょっと能力の優れた人をみてエリートだの血統だの遺伝だのいうのは自分が努力をしてこなかったことを隠すための防衛本能です。心理学専門用語で自我の防衛ってやつです。本能見たいなものでしょうがないといえばしょうがないですが。

ここで ここぞという名言を紹介します。
天才は一%のインスピレーションと九十九%の発汗であるーーーエジソン
エジソンもそうですしイチローもそうですが自分を天才呼ばわりするのを嫌がってます。人の能力なんかみんな変わらないと、自分らは人一倍努力をしているんだを言ってます。

さてその努力をするには確固としたモチベーションが必要です。ひとそれぞれいろんな動機があるとおもいますし、何でもいいかとおもいます。お金持ちになりたいから努力する。こんなのでもいいんではないでしょうか。何も努力をしないひとよりは。ましてや努力をせずにお金持ちになりたいよりは100倍いいですね。


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こどもを本好きにするには2

こどもを本好きにするにはパート2です。
前回の紹介した本のおおよそ一致した意見としては”環境を整える”といったことでした。ごもっともです。つまり親が本を読んでる姿を見せることです。子は親の背を見て育つといいましょうか親の行動を観察しそれに興味を持ちます。親が野球をやってれば野球が好きになるしゴルフをやってればそれが好きになるし・・・。
しかし環境を変えるというのは本当に難しいことです。だって子供の起きてる時間には親も仕事や家事などでたいてい忙しいからです。子だくさんの家庭はほとんど無理でしょう。でもその中でも日曜日の何時間は読書の時間をつくり一緒に読んだり、図書館に運んだり、夕食時に本の内容の会話をしたりとか、一日15分でも読書の時間をつくり本を読ませたり一緒に読んだりいろいろ方法があります。

本好きにさせるということは勉強好きにさせると言うことに通じます。勉強も本も強いるのではなく好きにさせることが一番の得策です。なぜなら嫌いなものをいくら教えても頭に入らないし効率がとてもわるい。けど好きなものは自分自身で積極的に覚えようとするので親の労力も少なくなるしとても効率がよく時間の無駄にならない。
どっちにしても小学校と中学校と高校生活と12年間も毎日勉強をしなくてはならないんですよ。毎日いやいやいくより楽しくいったほうがいいにきまっている。人生無駄な時間を過ごさなくてすむのです。時間というものは極めて貴重です。

昔なら子供の前にぽんと一冊の本を置いとけばそのうち自分で手に取り読むようになるでしょう。しかし現在はテレビありーのゲームありーの、習い事ありーので一生本を開くことはないでしょう。だから親が積極的に環境の整備をする必要があります。

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こどもを本好きにするには

っと言った課題ですが、これは超難問かとおもいます。ましてや今時、本は読まなければならないと感じてる親はほんの少しなんでしょうね。その中で本は大事だと思ってるけどなかなか読んでくれない、強制すればするほど遠ざかってしまい、ただおもしろくないけれど親が強制するのでいやいや読んでるっていう状態だと意味が無いと思うんです。私も子供の頃、あまり本を読まなかったのでものすごく後悔してるんです。改めて読書の大事さ、国語の大事さをいやがおうに感じています。藤原正彦は数学者にして、「一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数」と言わしめているほどです。昨今、教育レベルの低下の問題にあいまって子供の本離れが深刻になってきています。映像メディアが発達してきているからです。水島醉氏がいうように民営TVは営利企業なので見たくない人にも引きつけるように制作してあるので一度つけるとなかな消しがたくなるのは事実です。そして時間のあるときはずるずる見てしまう。ちゃんと時間を決めて管理することが大事です。TVはほぼ30分単位で番組が変わるので比較的時間管理しやすいですが問題はTVゲームです。30分とか時間制限してもゲームの途中だとなかなか区切りが悪い。そして強引にゲームの途中で中断するとすごいストレスがかかり気持ちの切り替えがなかなか難しい。

こどもを本好きにするためには 何度も言うようにとても難しいです。その一番の方法は環境を変えることですがその環境を変えると言うこと自体が難しい。
このご時世でそれをさせるには相当ストイックな生活をしなければなりません。
それでこのタイトルを考えるため同じようなタイトルの本をご紹介します。どれもとても優れた内容です。これで何が大事なのか、単に表向きの行動に限らず人間の心理を理解し真実を受け入れるようにすれば自ずと道が開けるでしょう。

どの書籍も一字一句とても大事なことが書いてあるのでここではあまり紹介はしませんが一つだけ引用します。

「馬を水辺に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」

西洋のことわざで多湖輝(知る人ぞ知る超ロングセラーの頭の体操の著者です)の「本を読む子に育てよう」
の中にありました。この言葉が全てを物語ってます。

また本タイトルとは少しずれてるかもしれませんが水島醉氏の「進学塾不要論」はかなり衝撃的なタイトルにして内容もしかりです。
これは中学受験をさせるためにはどうするか のために読むのではなく、教育界の現状の把握、そして何をたよりに勉強させるか、なにが大事か本筋を一つ示してくれてると思うのです。とくに気の焦ってる教育ママやパパにはお勧めです。子供を崩壊しないためにも一読してほしいものです。中学受験させるさせないは問題ではないです。
おなじく最近よく「東大合格法」とか「東大のなんとか」とか東大生のなんとかといったぐあいの本がはやってますね。少し前にドラマや漫画ではやったドラゴン桜の影響かと思います。
こういった東大系の本は有用と思います。これも本の読み方ですがけっして東大に行かせるからよむのではなくてここからもっとも効率のよい勉強方法というものがありそれを学ぶ意味で有用です。全国民が認めているように東大は日本のトップの学校で国内で一番優秀な学生が集まってます。そういう学生たちがどうやって勉強してきたのか一読の価値があるとおもいます。

総じて学校の授業が大事ということです。


この世の中は自由経済主義が当然のように全ての国民が納得しているとおもいますがそれは自己責任が前提であることをわすれているのではないでしょうか?全て国民が自由、自由を追い求めるのは結構ですが自己責任がいつもつきまとう。具体的に言いますと
TVを見過ぎて目が悪くなろうと勉強の時間が無くなって授業がわかならくなろうが、睡眠時間がなくなり自律神経がおかしくなろうがTV局には一切責任はない。ものすごくおもしろいTVゲームにはまってやりすぎて勉強ができなくなったとか字が読めなくなったとか書けなくなっただけでなく、友達と貸し借りでトラブったり、ソフトがほしくて万引きしてつかまったとか、違法コピーをネットで流してつかまったとかあげくのはてにひきこもりやニートになっちゃったといっても ゲームメーカーは一切責任はありません。また例えばものすごくおいしいケーキを食べて虫歯になったとか糖尿病になったとかなってもケーキ屋さんには一切責任はありません。全て自己責任なのです。
自由とは恐ろしいものですね。ストイックまで制御しないと健康な体や生活を守ることができないのが現代です。

主題から少し離れたかもしれませんが環境を変える(多くは逆境)ということを最優先に考えることが大事と思います。これはどの本も共通した見解です。人間は目にするものを欲する(好きになる)という生理現象とういうか基本的心理現象と言いましょうかそれをうまくコントロールできれば最小の努力で目的を達成することができるでしょう。

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100マスは集中力のバロメーターです

100マスをやらしてある発見をしました。通常であれば同じ問題をすればするほどタイムが短くなるのですがタイムが前回より悪かったりばらばらなときがあります。原因は集中力にあると思います。今現在集中しているのか集中してないのか外見から判断することはなかなか難しいです。しかし100マスのタイムで今、この子が集中力を発揮しているのか発揮してないのか数値で判断することができます。そしてなぜこの子がいま集中してないのかを考えてみると
昼間、(特に日曜日など)遊びすぎてまだ楽しい余韻が残ってるとか、何時間か前に親にすごく怒られて泣いたとか、何かいつもと違う心の変動があったりします。こういう時は何を教えても頭に入っていかないので時間の無駄になりますから(もっと集中しろとか怒ったり、勉強量をふやしたりしないほうがいいです。)思い切って勉強をやめるとかそうでなければパズルをするとか、ゲームをするとか(決してDS等ではないです。)、いつもと違う知育教材を使って遊ぶとかしたほうがいいでしょう。

人間だれしもやる気のあるときと気が向かないときがあります。私もそうですが気が向かないときは勉強も仕事も全然やる気が起こりません。だらだらしていまうのです。しかし一度やる気が起こるとすさまじい集中力を持ってはかどります。そんなときは食事とか睡眠とか忘れてしまいます。

しかし子供にそんな集中力の波が大きいとあまりよくありません。なので規則正しい生活を根底に守らせる必要があります。規則正しい生活をすることにより決まった時間にお腹が減り、決まった時間に排泄をもよおすようにあり、決まった時間になると眠くなり、決まった時間に起きるようになります。そして決まった時間に勉強をすると自然に集中力を高めるようになります。
こうするとこによって体の健康によいとは言うまでもないのですが、まず時間の無駄が省けます。朝親が”起きろ!”と何度も言って完全に起こすのに何十分もかかったり、夜も寝かしつけるのに何十分もかかったり、”早くしなさい”と一日も何十回も目くじら立てて言う必要がありません。一日はたった24時間しかないので効率を考えて過ごさないともったいないですね。

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宮本哲也VS影山英男

お二人とも教育界のカリスマです。このバーサスVSが成り立つのは算数だけです。なぜなら宮本哲也が算数しか教えてないからです。正式には算数に関して 宮本パズルVS百ます計算 ということになります。
まずは宮本哲也著”強育論” 続編の”超・強育論”をお読みください。本のタイトルからかなり強烈なイメージでいわゆるスパルタ教育みたいな印象は受けます。このファーストインプレッションで嫌悪感を感じ、この本を手にしない人が多いのではないかと推測されます。しかしこのイメージとは完全に違った趣向で斬新的な教育方法で教育の本質、いえ人間の本質を垣間見た感じがします。少々荒っぽいのは文章の言い回しですが物事の本質を論じると言うことは少々声高に荒立ててしますよね誰でも。要約すると ”何も教えない勉強法””自分で考えさせる”といったところでしょうか。これをさせるためにいろいろな創意工夫をしてます。
まずは宮本パズルをさせてみてください。おもしろいと言います。夢中になって解きます。なるほど算数の入り口としてこれをすることにより算数の面白さが実感されます。これをやった子供に算数嫌いは絶対いないと思わせるほどすばらしいパズルです。
宮本氏は無意味な反復計算練習はむしろ有害だと言っておられます。つまり暗に影山氏を批判して反対の立場をとってます。たしかに一般の市販問題集にあるように計算問題が羅列してあるのをただ単に解かせるのはかなりおもしろくないかもしれませんが百ますはゲーム性を持たせ集中力を養うという点で有意義だと思います。

それではどうすればよいのか?答えは簡単です。両方やらせればいいのです。どちらも子供が興味を持って楽しくやってくれる優良なツールです。
前回も申したようにほんの基本的な基礎トレーニング。いままで腹筋しかしてなかったのを腕立て伏せを加えただけと考えればいいでしょう。

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家庭の経済格差が教育格差に直結するか

先ほど影山英男著「百ます計算の真実」ではきっぱりと根拠を提示して否定しています。保護者の教育意識の高さによるものであると結論づけてます。統計を根拠にそして教育現場の渦中のまっただ中にいる人がそういうんであるからそれは真実でしょう。私もそう思います。私的な根拠はこうです。
まずいやいやさせても絶対身につかない。例えば塾などにただ丸投げしてるだけでは意味がありません。私も学生の頃にアルバイトで塾や家庭教師の経験があるのでよく分かるのですがほとんどの子供はやる気がない。まあほとんどというと語弊があるのかもしれまんが、塾によって違うのかもしれませんが。ただだいたいが親の強制できているわけで親は塾にいかせとけば安心、子供も塾に行ってれば親から文句をいわれなく安心というわけです。内容がどうであれ。いっこうに成績が上がらないと気づいたときは時すでに遅し。
余談ですが塾講師のアルバイトをいっしょにしてた友人があまりにも生徒がいうことを聞かないので教室の外の廊下に立たせてました。あとで塾長に怒られてました。当然でしょう((o^-^o)お金払って授業受けにきてるんだから、学校とはちがう) 笑い話ですが。

ある日、ゴルフの打ちっ放し練習場でこういう光景を見ました。子供が3人ほどやってきて打ち始めました。見るからに楽しそうにやってないし、フォームも何も考えないでいい加減な打ち方で連続打ち。ただ所定のボールを早くなくそうと必死です。想像するにゴルフ好きのお金持ちのお父さんが自分の息子娘たちをゴルフを上手にあわよくばプロにでもならそうとノルマを課している感じ。子供たちはひとり2000円分のゴルフ玉をあっという間に使い果たしさっさと帰っていきました。本当はたいして好きではないものを親から押しつけれられてるのでしょう。しかしたぶん親の前ではいい子になってちゃんとしたレッスンを受けてるんであろう。親の見てないところではこんなものでしょう。
教育の本質を考えないでお金任せにやれ塾だの英会話だのその他いろいろな習い事を丸投げするだけではほとんどが空振り。その逆にお金がないからうんぬんとか遺伝だからうんぬんといかいう人は単に自分を否定されないためのいいわけに過ぎません。教材なんか安く手に入るし、図書館に行けばただで借りられます。ネットだって探せばただで優良なサイトがごまんとあります。
しょせん人間は好きなことしか上達は見込めません。そうであれば好きにさせるにはどうしたらいいかを考えるべきでしょう。このへんは難しい課題と思いますので次回何回かに分けて掲載したいと思います。なぜ難しいかというと例えば勉強を好きになるとうことは逆境を作り出すということだからです。

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